LILIUM-リリウム 少女純潔歌劇- のこと

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 LILUMである。LILIUMはモーニング娘。'14選抜メンバー、スマイレージハロプロ研修生によって2014年に公開されたミュージカルである。森の奥のサナトリウムを舞台に、醒めない夢に翻弄される吸血鬼の少女たちの運命を描いている。――舞台は吸血種の少女たちが療養するサナトリウム。ある日シルベチカが失踪して友人のリリーが行方を探すが、皆は「シルベチカなんて知らない」という。シルベチカの存在はリリーの妄想なのか悩む中、日ごろ単独行動しているスノウが「彼女を探さないで」という。シルベチカ失踪の謎、そしてサナトリウムの真実が解き明かされる時、少女たちの残酷な運命が浮かび上がっていく――(Wikipediaより引用)

 

 はぁ、という感じである。アイドル、舞台、ゴシック。事前のファンでもないと取っ付きにくい要素を順に並べたようで、近寄りがたさを感じる。しかしLILIUMの人気は根強く、勧める人は多い。「たかがアイドルの一公演」とは言わせないという熱量が、彼らにはある。

 

 今回LILIUMを観ることになったのもフォロワーから熱烈に(そう、熱烈にである)勧められたからである。人に何かを観させたいと思う時に取れる作戦は大きく分けて二つあると思っている。一つはその作品の話を延々とし続けること。娯楽が幾らでも溢れている現代、「面白い」と思わせる以前に「こういう作品が存在する」と知ってもらうことには価値がある。知らない娯楽は選択できない。相手の記憶に少しずつ根を降ろしていくことで、ふとしたタイミングの選択に「あ、そういえば……」と思わせることが出来ればこちらの勝ちである。この方法は即効性には欠けるが、誰にも気づかれないうちにじんわりと思考を操作していくような感触があって面白い。SNS上の緩い双方向性コミュニケーションが発達した現代ならではの手法だと思う。二つ目は観せたい相手に直接名指しで推薦するやり方。今回食らったのはこっちである。このやり方はとても難しい。信頼関係が構築されていないと相手にされないし、相手が満足する自信のあるものを勧められないとお互いに不満が溜まるだろう。しかし効果は絶大であり、信頼のおける相手からの一撃は重い腰を動かし新しい刺激に身を任せるに十分なインパクトを持つ。こうした「推薦」という行為を技術として体系的に纏めた本とか無いのかな、と日々考えている。心当たりがある人は是非教えてほしい。

 

 閑話休題。LILIUMの話である。実際のところLILIUMは非常に面白かった。傑作と言っていい。前述したような取っ付きにくさを持っているにも関わらず、多くの人を惹きつけるだけの面白さがあった。特筆すべきはミュージカルとしての音楽、そして練りに練られたシナリオの二つである。

 

 音楽面は非常に優れている。ミュージカルの歌詞は説明的になりがちで、抑揚の少ないだらだらとした曲調になってしまうこともあるのだが、LILIUMのそれはどれも格好良く、叙情的で、感情の奔流のような力強さに満ちている。演者がアイドルというのもここでプラスに働いている。歌、踊り、そしてそれらをステージで「魅せる」ことにおいて彼女たちは既にプロフェッショナルだ。劇中の谷間の部分で緩んだ雰囲気が流れる場面があっても、曲が流れ始めた途端に空気は一変する。「アイドルの舞台なんてチープな出来なんじゃないか?」という心配は開始五分で杞憂に終わる。

 

 リリー役を演じる主演の鞘師里保。彼女がすごい。まず猛烈に顔が良い。Eラインが綺麗すぎてビビる。アイドルを揃えて綺麗どころばかり集まっている舞台上で一際目立つその容姿は、まさに主役といったオーラを湛えていて、この物語の重厚感を大きく引き立てている。さらに演技も良い。彼女は顔が良いだけの客寄せパンダなどでは決してなく、舞台の中心に立って物語を牽引するに足りる演技力を持っている。顔が良い女が質の高い曲に乗せて真に迫る演技をする――そんなの面白いに決まっている。

 

 シナリオの話をしないわけにはいかない。失踪したシルベチカ、それをサナトリウムでただ一人覚えているリリー。秘密を隠している寮長の二人。人間と吸血鬼の混血であるがゆえに虐げられ続けた少女、マリーゴールドが爆発させる感情。全てを知る孤独な少女、スノウ。そしてTRUE OF VAMPなる吸血鬼の祖とサナトリウムに隠された真実……。「サナトリウムに囚われた吸血鬼の少女たちが迎える残酷な運命」という胃もたれしそうなほど油っこい設定がテンポ良く、わかりやすく展開されるの脚本は見事の一言。特に終盤の畳み掛けは凄まじい。初回公演では拍手すら起きなかったという噂も納得の鞘師さんの熱演、いや怪演。全部最後のアレが悪い。いやアレが良いんだけども。

 

 総じて「アイドルなのに凄い舞台なんだよね」ではなく「アイドルだからこそできる舞台」になっていたと思う。主張の強いゴシックな白衣装を彼女たちはしっかりと着こなすし、ミュージカルのキモとなる歌とダンスは観客を魅了するに十分な迫力を持っている。舞台上の演技は、そりゃあ本職の舞台俳優と比べると些か見劣りするかもしれない。でも決して拙いということはないし、その発展途上の演技は、サナトリウムに閉じこもり俗世間に触れていない吸血鬼の少女らしさに質感を付与しているのではないか。

 

 得てしてこういう文章は「……というわけで超面白い◯◯は配信サイトの××で視聴できるので是非どうぞ」という締め方をするものだが、残念ながらLILIUMは9/14(金)を持ってU-NEXTでの配信を終了してしまった。他に配信しているサイトがあるのか、よく分からない。いずれどこかの配信サイトで配信が再開されると思うのでそれまでこのLILIUMという作品の名前を覚えておいてほしい。LILIUMの名前を再び目にした時にハッと思い出せるように。