バーチャルYouTuberはキャラクター性の概念を拡張する

kai-you.net

先日、バーチャルYoutuber輝夜月のインタビュー記事がKAI-YOUにて公開された。

そこで語られていた内容を見て気づいたのは「バーチャルYoutuberは既存のキャラクター性の概念を拡張している」ということ。バーチャルYoutuberの新しさはここにある。

キャラクターという存在と私たちの住んでいる世界との間には次元という名の断絶がある。エンターテイメント性を高める手段の一つとしてこの断絶を埋めようとする様々な工夫が凝らされてきた。

例えば声優のメディア露出。声優個々人の人格やパーソナリティに魅力を感じている部分がある一方で、その奥にキャラクターの影を感じることが一切無いとは言えないだろう。三次元のヒトを通して二次元のキャラクターの実在を感じていると言える。

例えば拡張現実(AR)やバーチャルリアリティ(VR)の技術。フィクションのフィクション性はそのままに、それを現実に投影するかたちで新しい実在を体験できる。こちらは現実空間(三次元)を二次元化していると言えるだろう。

2次創作にもこの流れはあって、シナリオの上では不要なノイズなので描写されない要素を限界まで拾い上げていく等の工夫によって一つの人格としての強度、いわゆる「実在性」を高めていく創作形態がある。

ここでバーチャルYoutuberの何が新しいのか。それはキャラクター性の方を拡張し、現実に肉薄させてきたところだ。二次元を限界まで三次元化したと言ってもいい。

彼ら/彼女らは私たちと同じ時間の軸で生きている。同じ時間、同じ文化、同じ日常を共有し「まさしくそこに存在している」かのような存在としてふるまう。同じ季節を感じ、流行りのゲームを遊び、リアルタイムで放送をする。それが動画という情報量の豊富な媒体に乗せて発信されることでこの上ない説得力を持って私たちに届けられる。同時性、即時性が最大限に高められた、今までにない強度の実在性をもつキャラクター概念。それがバーチャルYoutuberの新しさ、強みの本質だ。バーチャルであること、Youtuberであることは技術と流行がたまたまその位置にあったからに過ぎない。

 例えばバーチャルYoutuberがよく行っている生放送。これは今までのキャラクター概念ではほぼ不可能なことだった。声優を呼んでニコ生を放送したり、ネットラジオを放送することはよくあったがそれはやはり声優であってキャラクターではない。ボイスドラマの形式でキャラを演じる放送は可能だったが、それでも音声しか届けられない。リアルタイムで絵を動かしながら生の音声を放送することは至難の技だ。

その点バーチャルYoutuberはどうだろうか。元気に喋り、企画を進め、フリートークで場を盛り上げる。生放送ならではのハプニングは彼ら/彼女らの実在性をより強調する。その様子がリアルタイムで「動画」のかたちで配信される。リアルタイムで、動いて、喋る。それがインターネットを通じて即時に、同時に私たちに届けられる。この点においてバーチャルYoutuberは今何よりも強い優位性を持ってインターネットのストリームを席巻している。「年越し生放送が出来るキャラクター」とイメージしてもらえば今までのキャラクター性との違いがイメージしやすいのではないだろうか。同じ時間を共有できる(現状)唯一のキャラクター概念。それがバーチャルYoutuberなのだ。

繰り返すがバーチャルYoutuberの強みの本質は「拡張されたキャラクター概念」にあって、バーチャルであることでもYoutuberであることでもない(もちろん、バーチャルだからYoutubeだからこその強みは存在する)。ということはこの先、バーチャルではない技術、Youtubeではない場所で同様の拡張が発生することは大いにあり得ることだ。例えばバーチャルYoutuberの生放送の要領でLive放送されるテレビ番組。例えばスクリーンへの投影によるライブツアーを行う歌手。きっとそれは全く新しいキャラクター体験として私たちの目に映り、キャラクター性はさらに拡張されて私たちとキャラクターの境界は限りなく空っぽになっていくだろう。 新しい時代はもう目の前にまでやってきている。

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